2006年12月15日

腰抜かす人事。

えっと・・・あの・・・
モニモニの結婚より(笑)驚きました・・・・

ジャーンがべるべるへ移籍!


いや・・・なんていうか言葉が見当たらないんですけど・・
アマのときとか、オマタくんがらみでガンガン湘南を見に行っていた
おかげかあまり違和感がないので・・・(^_^;

なんか今は、ジャーンにまた会えるんだっていう喜びの方が
大きくなりそう。
チームが決まってしまったということは、もう確実にウチの人
ではない、そういうことでもあるけれど・・・
でも浄さまがブログでずっとジャーンは友達だから、って言って
いたこと
とか頭の中に浮かんできて。
ほっとしたような、さみしいような、いろいろとない交ぜになった
不思議な気持ち。

今のところ公式な試合で対面ということはほぼないだろうけれど、
ジャーンが1年かけてべるべるを引っ張ってくれたら
その後は同じフィールドで闘うことになるかもしれない。
そういうのを楽しみにしてみようか、という気になってきました。

ジャーン、あとは怪我を治すだけだね。
また、会いにいくね。
posted by 橘 千蔭 at 14:53 | 秋田 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

2006年12月14日

まっつんの旅立ち。

毎年のことですが、この時期は気力体力ともに減退しがちです。
はっきり言ってサイアクのメンタルです(^_^;
そんな、橘です。こんちはーーー(だらだらだら)←・・・・
ただでもフミさんショックで虫の息だというのに・・・。
皆さん既にご存知のこの件です_| ̄|○

松尾直人選手の来季契約について

FC東京所属 松尾直人選手について、本人の意向により退団が決定いたしましたので、お知らせいたします。
 
□松尾 直人(まつお なおと)選手  
【ポジション】DF
【生年月日】 1979年9月10日(27歳)
【出   身】和歌山県
【身長/体重】181cm/77kg
【血 液 型】A型
【経   歴】
1998年 近畿大学附属和歌山高校卒業
1998年ヴィッセル神戸(J)
1999年〜2001年 ヴィッセル神戸(J1)
2002年 セレッソ大阪(J2)
2002年8月〜 ヴィッセル神戸(J1)
2004年8月〜 アルビレックス新潟(J1)
2005年 ヴィッセル神戸(J1)
2006年 FC東京(J1)
<中略>
【本人のコメント】
『FC東京でプレーすることに憧れて、加入しましたが、
このような形でチームを去ることとなり、ファンの方やチーム
関係者には大変申し訳なく思っています。早く怪我を治して、
またプレーが出来るように頑張ります』


うあああああぁぁぁぁぁぁぁああああああ
移籍シーズン時の無気力がさらに加速するぅぅううううううう

先日行った小平ではもくもくと走ってたのに!
どうして? 怪我、そんなに悪かったの?
またプレーできるように・・・ってことはどこにも所属しないで
ひたすらリハビリ、みたいな感じになるの?
テル(岩本輝雄)みたいに?

出て行かなくたっていいじゃないかよおおおおぉぉう
もうちょっと甘えたっていいじゃんかよぉぉうううう
治ったらソレ返してくれればいいじゃんかよおおおおおううう
やる気あるなら居ろよおおおおおお
うちに居ろよおおおおお


まっつんーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!


取り乱しました。すいません。



いやウチでやるのに憧れて、って言葉、じんと
きちゃったんですよ。そう思ってくれてたんだ。
・・・30のユニに袖とおしたとこ、見たかった。

てか、コバ(小林成光)であれだけ待ったフロントだし
(そりゃもちろんコバの可能性によるところも大きかったとは
思うのですが)これだけで鉈を振るうような血も涙もないカンジの
フロントではないと思うのに退団。自分の意思で・・・
そこで今日のトーチュウ様の記事

自分の気がすまないんだろうなぁ。記事見て思いました。
ますますウチに置いておきたい・・・(いいやつだなぁ・・と・・)
なかなか回復しない身でチームに迷惑かけてるって思ったら
そういう自分が申し訳なくて落ち着けなかったのかな。
そんなことなら「きにすんなよ!」って言ってやりたかったよーー!
(いやきっとそんな感じのことは誰かが言っているだろうけれど・・)

でもこの決断を自分で下したことで彼の中に少しほっとした
というのもあるのかもしれない。
「早く治さなければ」というような焦りとか、
そういうのからちょっと解放されたかもしれないね。
そうだとしたら、本人にとって少しはよかったのかな。。。
これからは何も気負わずに、自分のペースで治せばいいのだものね。

新潟にも在籍していた過去があったようなので、新潟方面の友人から
聞いた話なのですが、
神戸からレンタル移籍した年にウチ相手にビグスワンで初ゴールを
決めてるそうです。私はビグスワンに遠征したのが去年がはじめて
だったんで、生で見てなかったせいもあってかまったく覚えて
なかったんですけどね。。。(^_^;

そういう活躍もあったので新潟としてはギリギリまで残留を
お願いしたそうなんですが、結局シーズンが終わると神戸へ復帰、
さらに翌年(つまり今年)ウチへということになった模様。
「多分東京フロントとしては、松尾の一発が強烈に記憶に
残っていたのでは」とのこと。

移籍してきたときのまっつんはホントに高さがあるけれど、
ひょろ長くって顔色もあんましよくなくて(笑)
(今思えば冬だったから・・?笑)
なんで取ったんだろーーー・・とか正直思ってたんですけど(おい)
怪我が治るにつれ、イベントごとで触れ合える程度まで
回復してくるとリハビリのかいがあるのかさすがに体躯も
太くなってきたし、単なる高さがあるだけではないなって
思ったところだったので・・・
昔のプレーは知らなくても期待値はかなりあがってたんですよね。
それだけに、活躍した話を聞くとさらにもったいないオバケ・・
いやいや、もったいなくってしょうがなくって。

ウチのフロントの印象に残る一発ってどうだったろう?
シーズンレビューとかに残ってないかなぁ。
(もしくは自分の録画に・・)
どんなに点を決めても印象に残る一発ってそうはないよね。
そういうのを持ってる男だったんだなぁ。
新潟からも神戸からウチへ移籍するってときに注目してもらえて
たんだもの、そうとういいとこあったってことだよね。
なおさら惜しいなぁ。。。。

なんて、いえば言うほど戻ってはこない現実が前に横たわって
くるけれど、せめて彼がまたサッカーできますように。
そう祈りたい。
いつかまたウチに戻ってきてくれたらそれが一番いいけど、
まずはよくなること。どこのピッチに立とうとも、彼が
サッカーを楽しめる日が来ること。それが一番だ。

まっつん、ガンバレ!
あの、一心不乱にランニングしてた姿、忘れないから。
ボールに触れるその日を、待っているから。
posted by 橘 千蔭 at 16:07 | 秋田 ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

2006年12月11日

unforgettable, rainy day.

土曜は天皇杯第5回戦、×エスパルス戦のため
岡山へ行ってきました。

試合後、岡山駅内でごはんとデザートをいただいて、
雨に濡れて冷えきった空腹をみたしました。
胃袋は満たされるものの、気持ちはなかなか
満たされないのだけど。
そして帰路につき、その夜スパサカが始まる直前に帰宅。
そのまま荷物を片付けずにスパサカを見て・・
いつも気にしてないといいながら、やっぱり軽く腹が
たつのは多少なりとも気にしてるからだろうな。
その扱われ方を。
(そしてこれもいつもだが加○はろくなことを言わないし)
まあ負けゲームなんてこんなものだろうけどね。
しかしこの程度の枠で、ちらりとスコア眺めただけの
薄い目で、熱をふるったみんなのことをみられたくない。
チクショウ。

その夜中に手放した意識は、翌朝陽が高く上るまで
戻ってはきませんでしたとさ。




キックオフより前から降り出した雨は、
試合終了まで止むことはなく、桃スタのすべてをぬらした。

今年私が行ったアウェイ遠征は、みんな快晴か、
不安定ながらも試合中は持ったものばかりだったので、
今回もそうなると・・勝手に思っていたのでしたが。
ここにきて大きく外れる。
ただ、天気は下降しようとも獲りにいく気持ちはかわらない。
そう望んだけれど・・・

結果は1年を象徴した。決めるときに決まらない苦しみ。

もちろん気持ちだけで勝てるわけもないが、それでも信じていた。
だって実力は持っているから。
それをそれ以上に高めるのが気持ちで・・いまみんなの中にその
どれもが備わっていたと思ったから。

まっちま(増嶋)があんなにがんばったのも見たことない
かもしれない。
いのちゃん(伊野波)との連携も、遜色なかった。
決まることはなかったけれどもナオ(石川)にも
戸田くんにも気合の炎の揺らめきを感じた。
ウナギ(梶山)は相変わらずにょろにょろとボールを持ち、
こぼれ球をねじ込んだ。
あれほどきれてるまろんちゃん(栗澤)も最近なかったと思う。
危ないところを埋め、センター二人とのスイッチと
ウナギ、まろんちゃんとのバランスという両方への役割を
こなしきったのんのん(今野)だとか。
オフサイドにかかったルー(ルーカス)だってつま先ほどで
放ったゆるいループ、きれいだったと思う。
フジのロングボールは試合ごとに精度が増し、この日も収まる
ところに収まった。
しおしお(塩田)のセーブも前節に続いて頼もしかったし、
トク(徳永)もよく走ったと思う。
交代したものも皆滑ってやりにくい環境の中でよくがんばったと。


ただ、延長戦も、まだ時間が数分とはいえ残っている時点で
相手に決められて・・・そこで何故転んだまま立ち上がろうと
しなかったのだろう。
(痛んで立てなかったのとは違うように思った。誰とは言わない)
最後の1分1秒だって諦めない、そう思ってはいなかったのだろうか。
もちろん自分はピッチに立ったことがあるわけでもないから、
こんなこと言っても「知らないものが物を言う」状態でしかない
だろうけれど。

あの状態で決められて、どうすることもできないとしぼむ思いの
切なさが、お前にわかるのかと言われたら・・・それはきっと、
そのものズバリはわからない。

だけど。それでも、あのシーンだけ唯一腑に落ちないのだった。

腑に落ちないながらも見つめる先で、時は止まることなく進み、
残りの数分を食らいつくそうとする。
そして延長戦終了の笛が鳴るその間際、ほんとうに笛が鳴るより
ほんの少し先に。
それまであきらめたはずなんて一瞬たりともなかったはずなのに、
雨でないものがこぼれた。頭で意識しなくとも知らぬ間に悟って
しまったのか、終わりを告げる声を前にして止めどなく流るる。

腑に落ちないと思ったあの場面の、彼らの胸の内もこんな
だったろうか。
諦めたはずはなくても、立ち上がれなかったのだろうか。
自分の流れ落ちた涙と一緒だったろうか。




そのうちに全員整列して、サポの前にやってくると深々と
頭を下げて・・・。
フミタケコールと増嶋コール、カジヤマコールで賞賛する
ゴール裏のなか、本当に終わってしまった時が惜しくて、
口惜しくて、おちる雨に流れるまま声をあげて泣いた。


もうフミさんにあのカップを抱かせてあげられない。
今日だって最後までみんなの闘うさまを見届けてくれた
フミさんに、いっぱいもらったものを返してあげられなかった。

もう、チャンスは、ない。


そう思ったら、なかなか泣き止めなくて、
暫く人の胸まで借りてしまった。




辛くても、絶対に忘れない。この日の雨にたたかれながら、
大事なひとに勝利をもたらせなかったこと。
いつかいつか絶対に奪い取ってみせる、おれたちが。


悔しさで張り裂けんばかりの胸のうちと、あの雨の岡山を忘れない。
posted by 橘 千蔭 at 16:03 | 秋田 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

2006年12月05日

ひとこと。

えー、連投してすいません(^_^;
お久しぶりの、橘でございます。

いやずっとメモ帳に書きためるだけ貯めてたものを
一気に更新しただけなんです(笑)

つらかったり、忙しかったりでまったく更新できなかったので・・

ってミクシイやってんじゃねーか!っていうツッコミは・・
してもいいけど華麗にスルーしますよ(笑)
加齢にスルーじゃないですよ!←寒

あーしかしほんとに・・・師走、ですねぇ・・・(謎)
posted by 橘 千蔭 at 17:43 | 秋田 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 事務連絡

ハレノヒ。

原 博実氏 来季監督就任のお知らせ
FC東京では、過日発表いたしました倉又寿雄監督の退任に
ともない、原 博実氏の来季監督就任が決定いたしましたので、
お知らせいたします。

■原 博実(はら ひろみ)氏プロフィール
【生年月日】1958年10月19日(48歳)
【出  身】栃木県黒磯市
【略  歴】 
1977年3月 栃木県立矢板東高等学校 卒業
1981年3月 早稲田大学 卒業
1981年4月 三菱重工業サッカー部 入部
1992年5月 現役引退
1992年6月〜1995年1月浦和レッドダイヤモンズトップコーチ
1995年2月〜1997年1月浦和レッドダイヤモンズユース監督
1997年2月〜1998年1月浦和レッドダイヤモンズトップコーチ
1998年2月〜1999年6月浦和レッドダイヤモンズ 監督
1999年7月〜2002年1月サッカー解説者
〔主な活動メディア〕
*テレビ:NHK、スカイパーフェクTV WOWOW 等
*新 聞:日刊スポーツ新聞
2002年2月〜2006年1月 FC東京 監督
【選手時代の実績】
1981年〜1992年 三菱重工業サッカー部
*日本サッカーリーグ(1部)
 10シーズン  176試合出場/56ゴール・32アシスト
リーグ優勝 1回
 JSLカップ優勝 1回
*日本サッカーリーグ(2部)
 1シーズン  16試合出場/ 9ゴール・ 9アシスト
<日本代表>
1978年〜1988年
*Aマッチ出場 75試合(歴代7位)/37ゴール(歴代3位)
*総試合出場数 171試合/72ゴール(歴代2位)
【監督時代の戦績】
<タイトル>
2004年  2004Jリーグ ヤマザキナビスコカップ優勝
<リーグ戦戦績>
1998年 1stステージ 11勝 6敗 ( 7位)
2ndステージ 11勝 6敗 ( 3位)
年間  22勝 12敗 ( 6位)
1999年 1stステージ 3勝 4分 8敗 (13位)
2002年 1stステージ 5勝 2分 8敗 (10位)
2ndステージ 8勝 7敗 ( 5位)
年間 13勝 2分 15敗 ( 9位)
2003年 1stステージ 7勝 4分 4敗 ( 4位)
2ndステージ 6勝 6分 3敗 ( 5位)
年間  13勝 10分 7敗 ( 4位)
2004年 1stステージ 6勝 5分 4敗 ( 6位)
2ndステージ 4勝 6分 5敗 (10位)
年間  10勝 11分 9敗 ( 8位) 
2005年 リーグ戦 11勝 14分 9敗 (10位) 
<J1通算> 72勝 41分 60敗
【現在の活動状況】
サッカー解説者
*テレビ  NHK、スカイパーフェクTV、Jスポーツ
*新 聞  サンケイスポーツ新聞
*雑 誌  週刊サッカーマガジン


ニュース見たときは正直実感わかなくて、
もしかして夢なんじゃないかって思ったけど・・・。

ずっとヒロミをお迎えに行くのはまだ早いって、
半ば意固地になって言い続けてた。
どんなに苦しくてもヒロミにすがっちゃいけない、
もっともっと強くあらねば、いろんな意味で・・。
そうじゃないと何のために1年前、泣いて袂を分かつ思いしたんだか
わからない。再び指揮をとってくれるその日まで、成長した我々を
見せられるまで、ヒロミの名前は出しちゃいけない。
そういい続けてた。

ふりかえると、少しもそう思ってないわけじゃなかったけど、
ていうかそれはシーズンも終わろうかという今でもそう思うけど、
それにしたってはっきり言って強がってた部分は相当に大きい。
だってヒロミに恋してるからね←きもい

なんか、なんか、内側からわぁーーっと圧が高まって、
たいへん。

ジャーンのことだとか、それ以前のことだとか、いろいろと
今年のフロントには単純に賛同しかねる事項がてんこ盛りで・・
そのうえ、またヒロミに頼るかという気がないわけでもない。

でもね、今は単純に喜んでもいいんじゃないかなって思うの。
ヒロミジャンプみたいに(笑)
さみしいばかりじゃない。これからみんな背負っていくんだ。
そのスタートを予感させる、新しいはじまりのホシへ向かって
ジャンプ。




今度こそ、もっともっとでかいものを獲りに行くぞ!
別れ行く仲間の分も連れてくぞ!!



おかえり、ヒロミ!!!!!

=======追記===============
なんかヒロミのコメントの追加があったみたいです。
今、公式からメールが(笑)
【原博実氏のコメント】
「いろいろな縁があって、また一年でFC東京に帰って来ることが出来て嬉しいです。この一年間、クラブの外から海外のサッカーやJリーグを見てきました。またここで指揮を執れるということを光栄に思います。今年のFC東京の成績に満足している人はいないと思うので、来年はこのクラブが本来持っている力、あるいはさらに大きなクラブになるために、いろんなことを変えていける力になれればと思います」


ああ、やっぱりうれしい。うれしいよー(>_<)
胸が高鳴る。熱と、鼓動を感じる。


てゆかヒロミ、来年はまた忙しいに違いないから
今のうちに海外とかおいしいもんとか楽しみ貯めしておくと
いいと思うよ(笑)
posted by 橘 千蔭 at 17:30 | 秋田 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

2006年12月04日

見送るその日は刻々と近づいて。

土曜ははじめて訪れた九石ドーム。
フミさんがスタメンにいない!ことに衝撃を受けつつ、
とはいえ眼前には帯同してサブのボール回しに加わってたり、
シュート練習のボール出しをしてあげたりしているフミさんが。
それを眺めてあらためて一緒に闘っているのを再確認したり。
勝利で飾った最終節、終了後にサポの前へ深々と頭を下げる
ジャーンをまた切なく眺め・・・。

そうして帰ってきた東京でまたひとつのニュースが。

一個前の日記で

てゆか、今までジャーンは天皇杯でも帰国したことないし、
一回戦力外とかになりつつも天皇杯のパフォーマンスで
契約取り戻した選手の例とかもあるのでまだ諦めませんが(笑)


などとヘンに粘り強い思いをさらけ出したりしていたわけですが・・
その思いは公式のニュースにて打ち消される。


帰ってしまう。
水曜には帰ってしまう。

『5年間もの長い間、ファンの皆さんには、温かい声援やご協力を
いただきとても感謝しています。私もチームに貢献できるよう、
最大限の努力をして頑張ってきました。
その中で、たくさんの友人が出来たことをとても嬉しく思います。
チームを去ることはとても寂しく残念でなりません。
今までシーズンの途中で帰国したことはなく、今回天皇杯を
残して帰国し、ご迷惑をかけることを、チームメイト、スタッフ、
ファンの皆さんに大変申し訳なく思っています。しかし自分の
怪我のことを考え、体のケアを優先させていただくことを
許してください。
これからも大好きなチームとして、FC東京を応援していきたいと
思っています。
私のサッカー人生もまだまだ続くので、これからも頑張って
いきます。5年間、温かいご声援を送ってくれて、
本当にありがとうございました。』


あれだけのパフォーマンスをしているのだから、
怪我は完治したかと思っていた。でもまだ癒えてなかったのだ。

それであれほどの・・・。

思えば思うほどに離れ難きジャーン。
それでも別れは迫る。そしてなお、帰国に際して
「シーズン途中に帰ってごめん」って言う。
許すも許さないもないよ。選手だもの、体のケアは最優先事項だよ。
それを。
本当に、なんて愛しき仲間なんだか・・・胸がいっぱいで・・・。


なんかまだサヨナラって言えない。
いえないよ。
posted by 橘 千蔭 at 00:00 | 秋田 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

2006年12月01日

そして最終節を前に思う。

・・・なんか始終泣いてるけど、その割にはさっぱり感が
あるなと。何かの拍子に泣いちゃっても、フミさんが鮮やかに
幕を引こうとするからなんとなく爽快感もどこかにあって。
ホーム最終節前にぐずぐず言ってたのが嘘みたいだ。
その入り混じった気持ちを胸に秘めつつ、最後を飾ろう。
ここを勝って、締めくくり・・・またひとつ。
フミさんが唯一手にしていない輝かしいものを・・
その胸に抱かせたい。

とか思ってたはずなのに、どよーん。どんより。
朝からどんより。
先週末も浦和戦に気後れしてこんなだったのにまだ心が
晴れねーよー。
って、いい加減にしやがれこの青菜ヤロウ!(゚Д゚)(謎

青菜ヤロウはヨワムシヤロウです。ヨワムシケムシです。
すなわちケムシヤロウです。
ケムシヤロウはつまんで捨てるがよろしいのです(もう黙れ)

何がって公式がまだ発表してないけどトーチュウさまが
間違いないという
し・・。


ジャーン!!!!

確かに今年はなんとなくコンディションは落ちてる気はしたけれど、
それはあくまで怪我がちだったからだと思っていた。
今こうして記事を見てみても、ジャーンに変わる人なんていないと
思う。
もちろん今後ウチの若手が育っていかなきゃいけないわけで、
それにも期待はしているし、ジャーンのかわりなんかいないとか
こういうこと言ってるうちはだめだとも思うわけだけど、、、
気持ちがついていかない。

ケリーのときは、青赤じゃないケリーなんか見たくないから
「ぜひとも海外で!」とか思ってて、しかもその通りになったので
何とか気持ちを振り切ったのだけど、今度はそうは行かない。
だってジャーンが国内希望してるんだもの。
それくらい日本を愛してくれているのは本当に嬉しい。
それはうれしいけど・・・。
もうやだよー、ホントやだ(泣)

さ、ここから本音をオブラートにも春巻きの皮にも包まずに
さらけ出しますよ。

ジャーンくらいやれたら欲しいチームいっぱいあるに
決まってるもん!
きっとすぐに移籍先決まっちゃうよ!!
手前味噌だけどホントにそうに決まってる!
やだーやだーーージャーン取られたくないよおおお。
フロントの決断、正しいのかな・・・。
いや正しいとか正しくないとかはないんだよね。うん・・。
でもさ!でもさあああああ!!!!


はい。大人げないとこ終了。
しかしまぁ本当に・・・いなくなることが想像もつかない
今なのです。

ナビスコ決勝のときの「ごめんねごめんね」って泣いてたとことか
思い出す。

夏の日の小平でカッコイイポーズ(笑)してくれたのとか思い出す。

外国人枠も絡んでのことなのだとしたら、たとえばこれがリチェ
とかで、さらにレンタルなら年齢とか成長度合いで納得もいこう
ものなんだけど
(リチェに思い入れがないわけではなく、リアリティとして)
ジャーンはレンタルというわけにはいかないんだろう。

私の中ではジャーンはまだ26〜27くらいなんだけど(謎)
もう29ということで年齢的にも厳しくなり始めてるし、
助っ人という目線で見ればこの別れは仕方ないのかもしれない。
でも私は助っ人などという見方じゃないんだけども。
ジャーンほど国籍感じさせない人もいないっていうかね。
まあジャーンに限らずとも誰一人として助っ人なんていう
扱いはしないけど。

でもフロントは違うんだろうなぁ。
ビジネスだと思うと当たり前のことなのかなぁ・・・。
今年に限って安定を欠いた、ってそれだけの理由なら今じゃなくても
いいのに。安定をかいてもアレだけやれてるっていうのは
唯一無二だと思いますよ。怪我で安定を欠いている状態を
よろしくないというなら、もうちょっと待ってもいいのに・・・。

ていうか今年は意味わかんない補強とかガンガンに繰り返した
くせに今更ジャーンでこういう扱いって!!!!#
いや、サッサたんの時点で十分そう思ってたけども###

って本音がさらに駄々漏れてき始めたのでこの辺で
ストップしておきます(^_^;

てゆか、今までジャーンは天皇杯でも帰国したことないし、
一回戦力外とかになりつつも天皇杯のパフォーマンスで
契約取り戻した選手の例とかもあるのでまだ諦めませんが(笑)
posted by 橘 千蔭 at 00:00 | 秋田 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー

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